精神科医をしている彼女の夫は毎日、あの日以来のさまざまな人々の心のトラウマの治療に奔走している。
しかし、彼女の夫自身の心のトラウマはまだまだ消えないと彼女は呟く。
「あんなに毎日働いているのに、彼の無力感がなくなることはないんだよね…」
先日も、ニューヨーク市警や消防士の心のケアを彼女の夫らの医師団体が
ボランティアで行うという話があったのだが、日頃、強い男らしさを誇りにしている彼らは意外にも、
心の傷の存在を認めたがらないのだそうだ。しかし放置しておくと良くないと労働組合に交渉し、
結果、全員強制でカウンセリングを受けることに一旦なったものの、
やはり一部の人の抵抗で実現していないという。
心の問題の解決を阻むものも心の問題というやっかいなパラドックス。
この街の精神科医やセラピストが、心休まる日はまだまだ遠い。とはいうものの、街はとても活気があった。
まるで人は、自分のこころの問題の解決の糸口を、この街が元気になることに見出しているかのように、
街と人は、以前よりも互いに呼応しあっているようにも感じられた。
もしかしたらそれがニューヨーク、マンハッタンという<特別 な場所>の<特別な力>なのかもしれない。
確かに街は大きな傷を負ったのだけれど、多くの努力と自己治癒力により見事に再生を果 たしつつあり、
さらに免疫力や感受性が高まって、あたかも一 まわりも二まわりも大きく成長した<人間>のように、
以前よりもずっとたくましい。
それを最も実感したのは、現場である「グランド0(ゼロ)」を訪れた時だ。
現在、世界各国から訪れる観光客やこの国の人々が、この場所をスムーズに見学できるように、
WTCがすっぽりと抜け落ちた一角を俯瞰できる立ち見台が、
それに続くボードウォークとともに設営されている。
ボードウォークの横にあるST.Paul's 教会の壁面一帯には
今も夥しい数の遭難者の写真や、花束、メッセージ、生前愛用していたであろう
さまざまなグッズなどが捧げられ、多数の人々がそれらを丁寧に見つめ、真剣に祈り、 語り合っていた。