↓ 2004年3月末の日記の下に、4月の日記もアップされています。 |
2004年、3月末日、春うらら |
みなさん。久しぶりです。4月になったら、きちんと「日記的雑文」を更新していきたいと思っています!
これからいろいろなお話を書いていきたいと思っていますので、よかったらごらんになってくださいね。
さてさて、3月も終わりに近づくこの時期は、行政関係では、いわゆる「2003年の年度終わり」ということで、2004年ではあるものの、まだまだ前年を引きずっているわけです。逆に最近の私は4月を迎えることで、やっと新しい年が来る、といった感覚になっています。
(あとは、私の家の前の水道工事がこの時期、盛んに行われていますが、こういうのも年度末のよくある光景ですよね。なんとなく、「予算を使わねば」オーラが日本中を取り巻いているようですが)
そんなわけで、今、2003年度にずっと取り組んできた「岐阜市のスローライフ推進運動」事業についての報告書等々を制作しています。その文面
を見ながら、いろいろ昨年、実施したことを振り返っているのですが、この運動は岐阜市民がボランティアでいろいろ本気で取り組んできました。普段は、名ばかりのものになることが多い「実行委員会」の人々が、真剣に動いて、汗をかいたものとしてすごく貴重なものであると思っています(私も相当頑張りました。これはちょっぴり自慢、そしてすごく多くの友人が手伝ってくれました、これはすご〜い自慢)。
私たちは真剣に予算を無駄に使わないよう取り組み、お金を使う変わりに知恵やネットワークや、自分たちの労働力を無償で提供するなどして、さまざまな節約の工夫を相当こらしてきました。
それでも、私のようなソフトプランナーや、自分の考えを「実現」することが「仕事」の人間は、そういった公共事業をすべて「ボランティア」でやることが良いのかという意識の壁にもぶちあたります。
町のためにと想い、発言し、プランニングすることは、すなわち自分の仕事に結びついてゆくように見えることは、たとえボランティアで行っている事であっても、私という人間を知らない人から見ると、「利益誘導をしている」と言われかねないのです。
私は、ぜったい後ろめたいことなんて100%無いけれど、なんだか、影ではいろいろ誤解する人もいて、そういうことを、たとえほんの一人でも聴いてしまうと、傷ついてしまうこともあるんです。
最近、公共事業や行政の仕事に携わることが多くなり、特に「公金」「税金」というものについて考えると(相当、そういうものに対して公平、適切、厳しい態度を示していると自負していますが)、それはつまりは今の日本の社会や、経済の在り方、そしてそれを支える人間の文化度を考えることでもあるのだということを痛感しています。
いずれにしても自分の仕事や、スタンスを「このままで良いのか」と、実は考え始めてしまった、年度末、ちょっと悩み中の古田菜穂子でした。
それではまた。四月にお会いしましょう! |
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